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auto 変数と明示的に書きたい (解決編)

なんかいろいろ広がってしまったけど,もう一度 void さんときむらさんの主張を見直してみよう.

mixi [CとC++] トピック そんなことおしえてねーよ!

2007年08月13日 22:11
14: Kusakabe
> exit((3)を明示的に呼びたくなります。
そんな日本語はありません!
『暗示的』ならあります。
# 『明示的』なんてのは、英和辞典のexplicitの訳語欄でしか
# 出てこない(出てきてはいけない!)質の悪いぴじんですね。

つまり,日本語の場合は,英語とは違って,「明示的に」 を付ける必要が無い場合が多い.
もちろん,付けても意味は通じるし,文法や意味論的にも正しいんだけど.
下手に不要な強調をつけると,まるで英語を直訳したようなピジン言語 (混成語) になる.
ということが言いたかったのだろうか ?
# あと,「そんな日本語はありません」ってのは,void (Kusakabe) さん独特の言い回しだと思う.

たとえばね、XをYに変換する。という文があったときに
日本語の文であればわざわざ「明示的に」とか付け加えないでも
誰かがその意思で変換操作をしているような意味になると思うんだけど違うかな?
どこかで勝手に変換されるのなら、「暗黙のうちに」変換される
とかになると思うのだけど。
わしゃ英語のネイティブスピーカーじゃないので、explictという単語を
入れることで、文のどの部分の意味合いが強調されるとかはわからないのだけど
日本語の文章に関しては、大半のexplictは無視しても害のないものじゃないかとも
思うし、「明示的に○○する」なんて付け加えることで、日本語の文章として
収まりが悪くなるように感じるのね。
まあこれはまったくもってワタクシの主観なので無視してもらっていいんだけど。

あー、ほら英語だと一文一文にIほげほげとかYouほげほげのようになっていて
それをまんま日本語に訳してしまうと、「わたしは…。わたしは…。わたしは…」
みたいな連続になってしまうでしょ?
あんなのを「明示的に○○する」に感じるのですよ。

きむらさんのこのコメントが大きなヒントになりました.ありがとうございます.

自然言語にせよ,人工言語にせよ,一番多く使われる語彙やイディオムは暗黙的なパラダイムになっていって,どんどん自然に省略されるようになっていくのだと思う.また,時代の変化も大きく影響する.C 言語の auto や register 修飾子なんてのは,その代表例だと思う.static を付けない変数は全てスタックに確保される自動変数になるから,auto を付けると不自然なプログラムになる (もちろん,文法的にも意味的にも,何も間違いは無いのだけど)

日本語は,暗黙がデフォルトの言語だから,あえて「〜する」と言った場合,わざわざ「明示的に〜する」と言うまでもなく,十分過ぎるぐらい明示的なのである.

英語は,何もかも明確にアケスケに書く,明示がデフォルトの言語だから,明示を強調したい場合には,あえて 「明示的に〜する」と強調しないと,差異がわかりにくくなってしまうのだろう.

というわけで,この問題は,日本語の合成語能力や辞書や新語の普及度などの方向に話を持っていくのは見当違いの話で,explicit にまつわる,日本語と英語のパラダイムの違いが表れる好例と捉えるのが,妥当な見方なのではないだろうか.

コメント

Secret

ていうかね

Kusakabeさんは、わかくてぴじんな女性が好きらしいよー

> kenic #qbIq4rIg|2007/10/03(水) 16:18

それはデマですね。



とかいう話はどうでもいいとして (もちろん私です).
つまり,フィリピーナ的な女性が好きという意味でしょうか ? (笑)

void さんの奥さんは美人らしいですねぇ.裏山鹿 !

> Kusakabe Youichi さん

うひゃー,ryukyu よりの御足労ありがとうございます.

いろいろすいません…

auto の用語を辿って来ましたら、蒸し返したくなりました。

> 日本語は,暗黙がデフォルトの言語だから,あえて「〜する」と言った場合,わざわざ「明示的に〜する」と言うまでもなく,十分過ぎるぐらい明示的なのである.

日本語にも「あえて」、「わざわざ」といった言葉があるくらいなので、しなくても良いことをする感じをより明確にしたい場合もあると言えます。
また、もし十分過ぎるぐらい明示的であれば、「明記」、「明言」という語も不要になりはしないですか。

ところで、明示的には、しなくても良いことをする、というよりは、明示する、明記するという意味に重点があるように思います。どう違うんだと言われてもわかりませんが。。

> 田辺 さん

私も言語学者じゃないのでよくわかりませんが,そういう本来の言語では不明瞭だった(区別されなかった,存在しなかった)概念ってのは,近代になってから他の言語から輸入されてきた概念だったりするような気もします.

今ではあたりまえのように使われている「社会」「愛」とかいう言葉さえ,明治時代とかに英語などの訳語として日本語に導入された新しい概念とかいう話を聞いたことがあります.

昔の日本語(古文)では,そもそも主語さえ明示しなかったらしいので.暗黙的に,敬語の格のレベルなどで,誰に対して話しているかを仄めかすという暗黙の文化,明示的に書き過ぎることを野暮とする奥ゆかしさの精神があったような気もします.

そして,今回の話は,まさにそういう話であって.「明示的」という,昔の日本語には存在しなかった概念で,暗黙的の対訳語として導入された新しい単語を,本来の日本語として認めても良いのか ? 本来の日本語の性質からすると,あまり親和性が良く無いピジン語なんじゃないか ? というのが議論の焦点だったのではないかと.

んで,結局「言語はどんどん変わって行くものだから別にいいんじゃない ? 派」と「そんなのは不自然なピジン語だよ,派」とか,いろいろな立場と考え方の人がいますよ,という話に落ち着いたような気がします.

一般論としてはそうなのですが、問題は、explicit という単語に固有の事情(言語パラダイムの違い)というところです。もちろん、日本語には、その奥ゆかしいパラダイムはあると思います。ただ、そのパラダイムにて「明示的に○○する」の違和感を完全に説明できるのでしょうか。たとえば、同じことを伝える次の二つの文を比較すると、

明記する → 許容できる
明示的に記する →許容できない

「明記する」は、今日、日本語を使う上では許容できるのに、奥ゆかしさのパラダイムからは、許容できないくどい表現となってしまう。(奥ゆかしさでは、単に「記する」で十分ではないか)
そこが議論のギャップを感じたところです。

> 明示する → 当然許容できる
> 明示的 → 許容できる
> 明示的な×× → まあ許容できなくもない
> 明示的に○○する →許容できない

について言えば、どちらかというと語形の問題のような気もします。
したがって、

明示的に呼ぶ → 許容できない
明呼する → 許容できるが、そんな日本語はない。

となりはしないか。

それとも、明示、明記、明言の語は、本来の日本語ではないとすべきなのか。
お暇なときに返信頂けると有難いですが、終わっている議論なので、スルーして頂いても結構です。

> 田辺 さん

そこらへんは,いわゆるプログラミング言語とかでもありがちな 「〜言語らしい (〜パラダイムらしい) プログラム,とは何か ?」的な話になってきますし,ちょっと難しい世界ですね.厳密な正解は無い気がします.その人の教養や経験などの主幹も絡んできますし,時代によっても変動してくると思います.valid な日本語を定義する,厳密な形式仕様は無いので.

たぶん,僕が普段使ってる若者言葉 (笑) も,void さんやきむらさんのような年代の人からすると,「そんな日本語は無い」「そのいいまわしはちと違和感がありますじゃ」 とツッこまれるまくると思います (苦笑)

返信ありがとうございます。そうですね。仰るとおりだ。
「正解は無い」ってのは楽でいいですね。肩の力が抜けます。
人生に失敗はないんだ。
逆いえば
人生に成功はないんだ。
だから、成功を目指す必要がないというか(なんのこっちゃ)
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  • 京都のデバッガベンダーに勤めるアラサー会社員。

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