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私は知識に何ものかを付け加え,また他の人々がより多くのものを付け加える手助けをした --- G.H.ハーディ
コンピュータの分野で渕一博といえば,知らぬ人はいない.アメリカだろうが,ヨーロッパだろうが,どこでもフチサンで通ずる.というのは,世界に先駆けて,計算機能に加えて推論機構をもつ第五世代コンピュータの構想を発表し,その研究開発の先頭に立っているからである.
淵さんは 1936 年 (昭和 11 年) 生まれだから若くて,目もと涼しく,いかにも頭脳明晰といった感じがする.いや感じだけでなくて,ちょっと話を聞けば,理路整然としていて,本当に頭がいいことがわかる.それでいながら,近よりがたいというわけではない.さめているが,冷たいというのではなく,うちに情熱を秘めたたいへんなロマンチストである.ちょっとしたいたずらをする茶目っ気もある.なかなかの照れ屋さんだが,それは己れを律するにきびしいからだろう.
淵 孤独に耐えて,孤独の作業をやるということがあまりできない質みたいですね.
赤木 淵さんは,目標があると,それを愚直に追いかけ,ぎりぎりやっていくというのではない.そうすると,思考をセーブしているのか,それは節約なの,あなんなのですかえん.その行為は.
淵 節約というよりも,やりだしたら要領よくやらなければいけないというか,やりたいみたいな気持ちはあるんですね.これが持続しないからだめなんだけれども,瞬発的にいうと,そういうところでなるべく合理的にやるとか,生産性を高くやりたいみたいな気持ちがあって,そのための手立てはなんだろうみたいな発想はあるわけですね.それが永続的に続けば非常な実業家になれるはずなんだけれども,これがときたまにしかこないからだめなんだけれども.(pp.62-63)
ぼくとしては,だいたいできそうだ,こんなイメージのこんなものかなというのがあって,むしろできそうだからやるぐらいの気持ちでやってたんですね.(pp.84-5)
淵 そこでワイワイやった若者の連中が今でも結構活躍していますね.
赤木 斎藤さん.それから・・・
淵 田中穂積君というのがいて,東工大に去年 (1983 年) 移りましたけれども,それだとか,金田悠紀夫といって神戸大学に五,六,年前に移った人とか,今 ICOT にきている横井俊夫君とか,古川康一君などもそうですが,そのあとの電総研における情報処理の中核部隊はその若者連になったということがありますね.(pp.83)
さっきのソフトウェア科学会の話などでも,ああいうものを作ろうではないか,というのはその世代から出てきた話なんですね.単に職人芸的な技術ではなくて,もう少しサイエンティフィックに見ようとか,理論的にも見てみようという,そういう意識があるんです. (中略)
たとえば米沢明憲君という東工大の助教授をしているのがいて,彼などはアメリカに行ってきて,アクター理論というのをやってきたとかですね.(pp.104)
コンピュータ・サイエンスというか,サイエンスらしくしたのは,むしろヨーロッパ勢なんですね.ダイクストラもその1人かもしれないし,あとイギリスだとホォアという人もいますし,スイスにヴィルトがいるというので,並べ立てると,どちらかというとヨーロッパのほうが多いわけですね.(pp.151)
日本人は昔から,独創力よりも評価力のほうが劣っていると,僕は思っているんですね.
(中略)
結局,若い人たちで先頭に飛び出して暴走するやつがあまり出ないのは,まわりの評価が不明だから,とにかく,暴走は危ないと思う.暴走するなと,まわりもいう.ある程度目が肥えてくれば,このへんなら少し暴走してもまだいけるかもしれないとか,距離は延びると思うんですよ.もう少し走らせてみようとか.だけど,一言で言うと,日本人というか,これも乱暴な議論だけれども,自分の目でみて判断できない修正のほうが致命的じゃないかと思っているんですね.
賭けの精神で,おれはやってみようというのも少ないんだけれども,あいつにやらせてみようというのはもっと少ないわけですね.(pp.160)
渕さんは、XML PRESS Vol.5で、「第五世代コンピュータでは、並列分散をめざしていたのだけど、今ならSOAPかな」とインタビューに応えられています。今は、盆栽的プログラミングで、 RubyでXMLとかをされているわけだけど、XMLがメッセージを持つデータとすると、それを処理するRubyなどは関数型プログラミング言語に対応している。結局、現段階では並列分散ではない。ハードウェアの進歩が予想以上の速さで進んだのが、並列分散の必要性を未来に押しやったのかもしれない。「第 5世代・・・」には、「メモリでどこまでいくか。21世紀には60メガぐらいまでいってくれれば結構な話ですが。」という話が出ているのですが、100倍ぐらいのイメージだったのが今や1000倍を超えることが常識になりつつある時代ですから。
僕の持論ですが,設計がよい例ですが,1人とか数人でできるものしかいいいものはできないんじゃないかと思うんですね.そのときに,ベースとなる技術としては,裏にうまい積み重ねがあって,コンピュータ自身がもうちょっと別な形になるとか,あるいはそこに知識が加わるみたいなことがあれば,数人でデザインできるわけです.道具は使うわけですけれども.
赤木 だから,数人でできるようにハイラーキをあげていくということですね.
そうです.どこからもパッケージ化できるようにして.
赤木 そして,いつでも数人でやれるような,その下はハイラーキを作っていくのであって,五百人の大部隊にするのは,そもそも失敗である.
赤木 歴史などはどうでもよくて,とにかく先端を走ればいいというのがありますけれども.それでは先端は本当は走れないんですね.つまり,振り返っていないと,なるほど,これはエキサイティングだ,という評価ができない.
淵 ちょっと見ると突然の天才みたいなのが西洋には多いですよね.しかし,アインシュタインをはじめ,特に物理屋などはひところはいっぱいいたけれども,あれは全然思いつきではないんですね.彼らはものすごく歴史をよく知っているわけです.日本の場合には,自分の歴史が少ないから,あるいはほかの言葉で書かれているからということがあって,意外とみんな勉強していないと思うのですが,よその天才も,べつにひらめきだけの天才じゃないのではないか.しっかり勉強して,それでもつぶれずに生き残ったやつが天才だと思います.「なるほど」を何回も積み重ねて,しかもパッといったということだと思うんですね.
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